新潟大学農学部応用生物化学科
畜産製造教室における研究成果


鈴木敦士・池内義英(現九州大学大学院農学研究院)・西海理之


筋肉から食肉への変換機構に関する研究

我々が食べる食肉は家畜の筋肉である。
筋肉から食肉への変換中にはさまざまな物理学的及び生化学的変化が起こり、その結果、適度な軟らかさの風味のある食肉となる。
この筋肉から食肉への変換機構に関する研究は、鈴木のライフワークでもあり1)、また多くの食肉科学研究者にとっても永遠のテーマである。
我々の研究室では、筋肉から食肉への変換過程には筋肉内在性タンパク質分解酵素が重要な役割を果たしているという考えに基づき、種々の筋肉内在性タンパク質分解酵素を単離すると共に、熟成に伴う解硬・軟化にそれらの酵素がどのように関与するのかを研究している。
この一連の研究の中で、カテプシンDやカルパインなどの酵素を初めて単離・性質を解明し、またそれらの酵素の筋肉タンパク質への作用部位を明らかにしている。

カテプシンD
鈴木の学位論文である事から、新潟大学へ赴任後(1971年以降)も現在に至るまで、脈々と研究は続いている。
カテプシンDがコネクチンの分解に関与することや2,3)、熟成中にリソソームに局在していたカテプシンDが遊離し、筋原線維中に分散して行くことを免疫電子顕微鏡によって証明出来た4)のは一つの成果である。

カルパイン
鈴木がアイオワ州立大学留学中(1969〜1971年)に家兎骨格筋中にカルシウムイオンによって活性化され、中性域で筋原線維のZ線を選択的に除去する酵素の存在を発見し部分精製してCASF(Ca2+-activated sarcoplasmic factor)と名付けた5)
新潟大学に赴任後もこの酵素が筋肉から食肉への変換に果たす役割を研究し、食肉の軟化要因の一つであることを明らかにした6~9)
この酵素は、その後食肉研究者以外の生化学、生理学、医学各方面の研究者から注目を浴びる様になり、CAF, CANPなどの呼び名をつけられてきたが、現在はカルパインと呼ぶことに決められた。
カルパイン研究は現在生化学の大きな分野の一つとなっている。
カルパインを筋原線維に作用させ、Z線からの遊離物質を別に調製しておいたZ線を除去した筋原線維とインキュベイションすることにより、Z線の再構成の有無を検証しながらZ線の構成成分を明かにした研究もある10,11)

プロテアソーム
家兎骨格筋よりプロテアソームと呼ばれるタンパク質分解酵素複合体を単離精製し、酵素化学的諸性質と筋原線維への影響を研究し、熟成への関与の可能性を示した12)


超高圧による肉質制御に関する研究

食品の加工に超高圧を利用しようという試みは比較的最近であるが、超高圧処理は食味の向上,食品素材の物性改変および殺菌などに貢献することが明らかになってきており、近年、加熱処理などとは異なった新しい食品加工技術として注目され、いくつかの加圧加工食品も市販されるようになってきた13)
本研究室では、約15年前から畜産食品タンパク質への超高圧の利用に取り組み、数多くの成果を発表している1,14~17)
特に、食肉に150 MPa〜300 MPaの超高圧処理を施すと、通常の食肉の熟成期間を大幅に短縮できること,硬い食肉を容易に軟らかくできること,また凍結肉の解凍にも有効である18)ことなどを見出した。
このような超高圧による肉質制御のメカニズムは、これまで知られている通常の熟成中および加熱中におけるメカニズムとはかなり異なる1,15,17)
例えば、超高圧は、筋肉タンパク質や筋肉内在性酵素の構造変化を引き起こすことで、タンパク質相互作用を変化させたり酵素反応を促進もしくは失活させ、タンパク質構造体の分解または脆弱化を引き起こす19,20)
超高圧処理による新しい特性をもった食肉製品を作るという観点から、超高圧処理がアクトミオシンの加熱ゲル形成能に及ぼす影響を研究し、加熱食肉製品に応用出来るような結果も得ている21,22)


食肉アレルギーに関する研究

食物アレルギー疾患は近年大きな問題となっている。
それに伴い、従来発症頻度がかなり低いと考えられてきた食肉アレルギーを引き起こす患者(特に子供)も急増している。
このような背景から、本研究室では最近、食肉,特に牛肉アレルギーを引き起こす物質(アレルゲン)の解明ならびにアレルゲンの低減化に関する研究に取り組んでいる。
現在、アレルゲンとして、牛血清アルブミンと牛ガンマグロブリンを同定し23)、加熱や超高圧処理による低減化を試みている24)
また最近では、マスト細胞を用いた食肉アレルギーの発症機構についての研究にも取り組んでいる。


筋肉内結合組織の構造と機能に関する研究

今までの一連の研究により、筋肉内結合組織は、主に強固なコラーゲン線維ネットワーク構造から成り、エラスチンやプロテオグリカンなどの成分と共に、食肉の硬さに影響を及ぼすことが明らかとなってきた。
本研究室では、熟成に伴う食肉の軟化,家畜の成長・加齢に伴う食肉の硬さの増加,脂肪交雑の柔らかさ、などに及ぼす筋肉内結合組織の構造や機能の影響を検討している25)
また、超高圧処理に伴う筋肉内結合組織の変化に関する研究も大きなテーマとして取り組んでいる26)


ソーセージケーシングの品質制御に関する研究

ケーシングは、主にヒツジやブタの腸(粘膜下組織)であり、コラーゲン線維ネットワークから成る極めて薄い膜状組織であるが、この物性はソーセージを食べた時の食感に大きく影響する。
しかしながら、天然素材であるが故に、品質のばらつきが大きい。
またソーセージケーシングについての科学的アプローチが全くない状況である。
そのような産業界からの要請を受け、数年前から企業や他大学の研究者と協同して、ケーシングの物性に及ぼす結合組織の影響ならびに酵素や高圧処理によるケーシングの物性改変に関する研究に取り組んでいる27,28)


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