研究内容

【基礎研究の紹介】
 生物が生産する有機化合物(天然物:主にテルペノイド、図1)がどのように作られるか(生合成)について研究してきました(天然物については農学部HPの教員紹介をご覧ください)。分子生物学の進歩によって急激に明らかになっているゲノム情報から、新規天然物を探す研究(ゲノムマイニング)が、世界中で活発に行われきており、多くの素晴らしい発見が出てきています。一方で、私たちはあえてゲノムからは分からない生合成を主軸に研究を行ってきました(もちろんゲノム情報を使わせて頂いておりますが、主軸ではないということで)。主に、新型酵素・多機能性酵素・非酵素の3本柱で研究を行ってきました。時間がかかって、頭や体を使って大変ですが、見つけた時の喜び・インパクト・波及効果は大きいものがあって、やめられないのが現状です。以下に研究例を簡単に述べます。ただ、これだけにこだわっているわけではなくて、さらに新しい研究もはじめてます!

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1. 新型酵素
 今まで知られている酵素と一次構造の類似性があるけど性質が異なる(基質や生成物が異なる)ものを「新規」酵素と呼ばれるのに対して、私たちは一次構造と類似性がない酵素を区別して「新型」と呼ばせて頂いております。枯草菌(Bacillus属細菌)から「新型」テルペン合成酵素を発見しました(図2)。ここでゲノム情報・遺伝子情報を見ると、Bacillus属以外にも様々な細菌に機能未知遺伝子として存在することが分かりました。ちなみに新型酵素の発見をきっかけとして、天然物の新しい分類名(炭素数35のテルペノイドをセスクアテルペンと命名)を提案することにもなりました(図3)。
 一つゲノムマイニングすると、新しい天然物(テルペノイド)を見つけることができました。したがって、今後このファミリーの酵素・遺伝子の解析から新規天然物が見つかっていくと期待されます。また、京都大学のグループと共同でこのファミリーの三次構造をはじめて明らかにしましたが、今後、触媒機構を明らかにしつつ新しい天然物を創ることができるものと期待して研究を進めています。
 現在、他の細菌(Mycobacterium属細菌=抗酸菌)に存在する新型テルペン合成酵素を一生懸命探しているところです。見つかれば、また様々な研究展開ができるのではないかと期待しております。

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2. 多機能性酵素
 教科書には一つの基質に酵素が触媒作用して一つの生成物を合成するように書かれていますが、基質特異性の低い天然物生合成酵素では、生体内で複数の基質と反応して複数の生成物を合成しているものがあってもいいのではないかと考えておりました。その仮説のもと研究を進めた結果、二機能性のテルペン環化酵素を発見することができました(図2)。基質によって合成する環状構造が異なる点も興味深いです。さらに多機能性を意識しつつ研究を進めたところ、この酵素は1回できた生成物をさらに基質として取り込んで違う生成物を合成することもわかりました。オノセロイド合成酵素ファミリーのはじめての発見にもつながりました(図2)。
 多機能性に着目して研究を進めれば、今後、新規天然物や新規生理機能の発見につながっていくのではないかと期待して、さらに研究を進めております。

3. 「非酵素」合成
 ほとんど天然物は酵素の触媒によってのみ生合成されます。ノルイソプレノイドという種類の天然物の生合成を解析していたところ、どうしても触媒する酵素が見つからず困ったことがありました。苦労して分かったことは、「非酵素」合成であるということでした。テルペノイド(天然物の中で最も数が多いグループ)の中で、スーパーオキシドという活性酸素による「非酵素」合成の初めての発見でした。ゲノムからは分からない「非酵素」合成の解析も今後重要であると考えておりまして、注目して研究を進めていきたいと考えております。特に下記で述べる龍涎香の香気成分は「非酵素」合成される天然物の典型例であり、現在詳細な解析を行っています。

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【応用研究の紹介】
 基礎研究で新しい発見をしたら応用につなげられないか常に意識しています。例えば、二機能性酵素の発見から希少天然物である龍涎香主成分アンブレイン(図5と6)の酵素合成に展開しました。龍涎香はマッコウクジラの100頭に1頭ぐらいが腸に作る代謝物(腸管結石の説あり)で、紀元前から世界中で高級香料や漢方薬・伝統薬として利用されておりましたが、現代では捕鯨禁止の流れから(商業捕鯨も対象外)、まれに海岸で発見されるだけでほとんど手に入らないものとなっております(幻の香りと言われることも)。マッコウクジラがどのように龍涎香を生産しているのか未だに分からないのですが、私たちは2つの酵素を用いて安価な物質からアンブレインを合成することに成功しました(図7)。しかもその2つの酵素は本来の機能とは異なり、1段階目は酵素に変異を入れることによって生成物を変え、2段階目は本来と異なる基質と反応させて「人工経路」によって創り出しました(図7)。最近、希少・新規天然物の酵素を用いた自在な合成が期待されておりますが、その先駆け的研究となりました。ただ、産業化するには収率が非常に悪かったので、もともとの機能からアンブレイン合成に適した酵素に改変し、収率アップを目指した研究を様々な共同研究者の方々のご協力を得ながら進めております(図8)。
 また、アンブレイン自体に香りはないのですが、アンブレインから龍涎香の香り成分への酸化分解反応にも成功し、収率アップを目指した研究も進行中です(図8)。さらに、アンブレインとその酸化修飾体の薬理活性についても興味深い結果を共同研究者の方々のご協力で得ており、薬剤等への応用の可能性もございます(図8)。現在、龍涎香を超える香り・薬効を持つ天然物の創出を目指したチャレンジを行っています。このように、1つの新しい酵素の発見から、希少天然物の人工生合成が達成されたことによって、希少天然物を軸とした多くの応用に展開することができました。他にも新しい酵素の発見や非酵素経路の発見から応用研究に展開して進めております。

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